平成28年12月31日(土) 
2016年12月30日、知春さんの先輩ののぶさんがずっとサクラセブンスに帯同して撮影してくださった取材の放送がありました。あんなに濃い日々だったのに、こんなこともあったなと、もう記憶の片隅にありました。

オリンピックでの結果は10位でした。

たくさんの報道陣の前で「金メダル」と言い続けてくれた知春さんはどういう思いだったんだろう。
みんなあの合宿中は何を考えていたんだろう。
ブラジル戦が終わったあと何を考えたんだろう。
私たちのラグビーはどんなラグビーだったんだろう。世の中はどう思っているんだろう。
この5年間はなんだったんだろう。
自分の強みはなんだったんだろう。
私のやるべきことはなんだったんだろう。

そして、どうして勝てなかったんだろう。

帰国してからはラグビーに向き合う気にもなれなくて、自分たちのオリンピックの試合も見ることが出来ず、かといって何かしたいわけでもなく、帰国してすぐにリハビリに無理やり行って、それからはリハビリと練習で毎日を埋める日々を過ごしました。

この5年間、毎日何か日記必死でした。
皆の笑顔があんなに消えていたことにも今更気づくぐらい。
いや、気づいていたけれど、どうにもできなかった。疲れや怪我、不安や不満やプレッシャー、いろんなものから奪われた笑顔は、ラグビーでしか取り戻せないと気づいていたから。
結果が出なければ、「何をやっていたの」と言われても黙って聞くことしかできません。

やり方が間違っていたのかもしれない。
努力の仕方が間違っていたのかもしれない。
いや、どんな努力の仕方であってもこうだったかもしれない。

努力は必ず報われるわけじゃない。
夢は必ず叶うわけじゃない。

いや、それも違う。

努力したんだろうか。
本当に夢だったんだろうか。

ずっと考えていました。
考える意味があるのかもわからないものをずっと考えていました。

けど、ずっと考えてみて、そんなにぐるぐる考えることでもないのかも、そんな気もしてきました。

ただ何もかもが弱かっただけ。
以上。

オリンピックを終えて、自分にしっかり残った感情があります。
金メダルっていいな、、という感情と、無様な悔しさです。

嬉しそうでした。
とにかく嬉しそうでした。
試合もとにかく楽しそうでした。
トライ後の笑顔が弾けてました。
好きなラグビーやりながら、楽しさを忘れてる自分たちが勝てるわけがない。

オリンピックが始まる1年ぐらい前から、とあるコーチがひたすら「楽しんで」と色んな大会や合宿の前に声をかけてくれていました。
楽しめるわけがないと思ったし、 代表でも「国を背負うということはそういうことだ」と言われていました。そのコーチは気楽でいいな、この代表チームに関わってないからわからないんだろうな、とその時は思ったけど、代表でもその感情を大切にすべきだったと今は思います。

いつまで経っても切り替えられない自分でしたが、このまま引きずったままでいいのかな、と今日思いました。

なぜ勝てなかったのか。

弱かったから。
下手くそだったから。
自分たちのラグビーがなかったから。

ブラジルから帰国した成田空港で、理想、現実、本音、信念、義務、、色んなものの含まれた私達の「金メダル」という言葉を、ちはるさんが丁寧にカメラの前で話してくれました。

一番させたくなかったこと。

そのテレビの放送の中で、たった5年。と言われていました。

なんだかわたしはしっくりこなかった。
やっと5年。
そっちの方がしっくりくる。

18年間ラグビーをしてきて、ラグビーにちゃんと向き合ったのはこの5年かもしれない。環境も気にせず、自分のチームだと感じ、ラグビー以外のことに神経を使わなくてよくなった5年間。オリンピックには感謝しています。

金メダルは、オリンピックは、本当に価値あるものでした。
きれいで、力がある。

世の中にはたくさんのオリンピアンと言われる人たちがいるけど、その中にも差があって、私達は下のまた下〜の方にいる。

その事実と、オリンピックに出た事実を背負いながら、また頑張ろうと思います。

「ほとんどの人は今もっているものを守る事に必死で、ほんとうに夢見ているものを手に入れるリスクを避けている。」
オリンピック後にとある場所で出会った言葉。まさしくそうだったな、と思いました。

ここに書いてあることは、オリンピックに出させてもらえたがゆえの生意気な感情もきっとあると思います。
今、何も信じて練習出来ない自分にもイライラしています。

2017年はとにかくラグビーを楽しみたい。色んな楽しみ方があると思うけど、とにかくその感情を大切にしたい。迷わず、リスクを避けずに頑張りたいと思います。

2017年もよろしくお願いします!
本当に応援ありがとうございました。

平成28年07月22日(金)
松戸RSでラグビーを始めて18年。
自分がオリンピック選手になるとは18年間一度も思ったことはなく、ただひたすら何かの意地でラグビーボールを追いかけていたら、この5年間はただオリンピックを見つめる日々になっていました。

私は運動神経がないな、と感じることが小さい頃からよくありました。だけど、ラグビーという珍しいスポーツをやっているというだけで、運動神経が良さそうに思われていました。
そのイメージに自分を合わせるように、体育の授業がバレーボールならバレーボール、バトミントンならバトミントン、鉄棒なら鉄棒と、母親に付き添ってもらい、放課後必死になって練習していました。スポーツが出来そうなわたしであるために。両親はその度に道具を買ってくれ、家に色んなボールがたくさんありました。

あと数日でこの怒涛な日々が終わり、あと数日で毎日会っていたみんなとの生活が終わり、あと数日でオリンピックが始まる。
悔いなく戦いたい。下手くそなら下手くそなりに。スポーツが出来そうな自分になりきったように、何か起こしそうなチームになりきりたい。

だけど、そんな思いとは裏腹に、3週間ラグビーすら出来ない生活をオリンピック前に送りました。
だけど、「もし自分に起こる全てのことがプラスのことだったら?」と信じて、焦らず過ごしました。こういう考え方を宮崎S&Cコーチが教えてくれました。
だけど実際は、人に頑張れって言えない自分になってる。人にどうした?って言えない自分になってる。余裕がないんだなと感じます。
だけど、やるしかなくて。下手くそな自分でやっていくしかなくて。選ばれなかった人がたくさんいる。表には見せなかった涙がたくさんあると思う。その人たちのぶんまで戦いたい。
だけど、そんな力は私にはない。選ばれなかった人たちの分まで頑張るって何なんだろ。選ばれなかった人たちに恥じないプレーなら。

だけど、だけど、ばっかり。 ラグビーをやっているといつも矛盾ばかり。
でも、最終的に回りに回ってくる結論は、結果を出さなくちゃいけないことと、私にはラグビーしかないこと。トライ1回ですごい喜んでいた自分が今は必要なのかもしれない。

「応援してくれる人のためにも」と、よくインタビューで答えるスポーツ選手がたくさんいます。決まり文句みたいな、ありきたりな言葉だけど、どうしてもそれが言いたくなってしまう気持ちがすごくよくわかります。どの選手たちも、痛いほど応援というものを感じていたんだなと、その言葉が今はとても尊く感じます。

最後に、松戸ラグビースクールの皆様へ。
たくさんの寄せ書きありがとうございました。タックル!とたくさん書いてあり、私の役割はやっぱりタックルなんだなと感じました。やり切りたいと思います。本当にありがとうございました。


平成28年02月26日(金)
アメリカ遠征からワールドシリーズのサンパウロ大会を終え、リオを視察して、日本に帰ってきました。8月のオリンピックの舞台であるリオデジャネイロにこの機会に行かせて頂けたことは本当に感謝しています。ブラジルには色んな景色がありました。貧富の差が歴然としていて、ラグビーボールだけを追い続ける私たちはあまりにも何も知らなさすぎるけれど、自分たちの環境は幸せなんだと改めて感じました。

アメリカではたくさんのチャレンジをしました。そのチャレンジのせいで、それがトライに繋がる失点になることもあったし、相手にボールを渡してしまう結果になることもありました。それでも、チャレンジが必要でした。

サンパウロ大会ではやってきたことを全部グランドで出すことを個人的には目標にしていました。そうでないと、次に繋がらないし、私はやってきたことしかできないから。だから、10位というなんともひどい結果だったけれど、今は素直に受け止められているし、課題がはっきりしていて次の大会でやってやろうという意欲が出てきます。通用した部分もあったし、前回より成長した部分もあった。
だけど、順位は一つ下がった。

代表チームとして戦う以上は、個人の出来よりチームの結果が大切。
今はオリンピックの金メダルは、雲の上で寝たいな~みたいな夢のまた夢みたいな話になるだろうけど(いま10位だし。。。)、だからこそ世界をびっくりさせられる。そう信じて私たちはラグビーをするだけ。

1位になるのは簡単じゃない。

だけど、その過程でぶつかる沢山の壁をみんなとなら笑って乗り越えられる気がする。沢山負けてきたチームだから。世の中には色んな景色があるけど、まだ見たことのない景色をみんなで見たいな。
まずは、そのチームの一員にまた入れるように頑張ります。

平成27年12月31日(木) 
2015年。
なにから振り返れば良いかわからないほど、たくさんのことがあり、本当に充実した日々だったなと思います。結果が出て嬉しかったこともたくさんあるけど、もう過去のことだと割り切っている自分がいます。
2016年。
それは、ついにこの年がやってきたからだと思います。自分の置かれてる立場を理解して、決してブレずに、会社への感謝を忘れず、支えてくださる人を思い出しながら、結果を出す年にします。 申年は私たち1992年生まれの年です。同期という絆を武器に、年女という強さを武器に、お互いに支え合いながら、オリンピックの舞台にみんなで立ちたいです。

2015年は、わたしを本当に必死に支えてくださる方が増えた年でした。それをひしひしと感じる日々でした。
会社への感謝の気持ちは言葉では表せないぐらいです。ラグビーをやっているということを尊重してくださり、会社の壁中にチームの写真や代表の写真を貼ってくださり、ボールを買ってくださり、ジャージにわざわざ手縫いで刺繍してくださり、似顔絵のケーキでお祝いしてくださり、ラグビーを好きになってくださり、頑張ってね!と言ってくださり、お昼は毎回美味しいところに連れて行ってくださり、ご飯を分けてくださり、お肉のお店を選んでくださり、食べるのが随分遅くなっても待っていてくださり・・・書ききれません。こんなに深い愛情で支えてくださる会社があるんだなとびっくりするし、わたしは本当に恵まれているなと思います。

だけど、私たちの環境がどんなに変わっても、どんなに結果を出せても、どんなにメディアに取り上げてもらえるようになっても、絶対に忘れちゃいけないし、忘れてはならないことがあります。
それは、今の私たちの環境があるのは、私たちの先輩方のおかげだということです。自腹で遠征に行ったり、男子と同じユニフォームを着れなかったり、練習環境がなかったり、本当に苦しい中でもラグビーを続けてきた方々がいるから、今の私たちの環境があり、結果があります。それを私は絶対に忘れたくないし、自分に言い聞かせてラグビーをしていきたいです。

自分たちの結果が未来につながることを実感している今、本当に結果を出したい。
そして、支えてくださる人、応援してくださる人が増えてくれている分、本当に結果を出さなくちゃいけない。 色んな壁をしっかり乗り越えて、一生懸命にラグビーと向き合いたいと思います。

2016年も宜しくお願いします。

平成27年10月17日(土)
またもやゆっくり振り返る時間もなく、いろいろな大切なことがものすごいスピードで過ぎていく毎日を過ごしています。1日がとにかく必死で、だけど、まだ何か必死になれそうで焦りや不安を感じ、どこかでわくわくしている日々です。
先日、スリランカでアジアシリーズ第2戦を戦い、優勝しました。青島で行われた第1戦では3位となり、シリーズ優勝は厳しいかと思っていましたが、第1戦で1位だった香港が第2戦では4位になったために、日本がシリーズ優勝しました。今日から1ヶ月もしないうちに、同じような大会が始まります。同じようで全く違う大会です。自分たちの、自分の、女子ラグビー自体のこれからが変わる、そんな大きな責任のある大会が始まるのです。決して大げさではなく。
2ヶ月ほど前にワールドシリーズ昇格大会で優勝しました。これもまた、女子ラグビーの未来に関わる大事な大会でした。負けられない大会。負けたら終わり。そんな大会で優勝し、極度のプレッシャーの中を戦い抜いても、まだ何かホッとできずにいるのは、オリンピックのアジア予選があるからです。(ホッとできるのは、オリンピック本戦が終わってからなんだろうな。)

男子15人制は、そのような負けたら終わりの大会で、見事に勝利し、自分たちのこれから、ラグビー界全体のこれから、小さなラグビー選手のこれからを変えました。私たちも変えたい。なにより、勝ちたい。そして、そのグランドの上に私も立っていたい、そう思いました。

そんな戦いに挑もうとする中で感じることは、たくさんの感謝です。 今の女子ラグビーの未来を支えてくださった先輩の女子ラグビー選手の方々、ものすごい温かさで応援してくださる会社の方々、すべての時間を捧げてくれ信じてくださる代表スタッフ・選手、離れていてもずっと支えてくださるコーチたち、ラグビー仲間、家族、そして、(大黒田)裕芽も含めてずっと応援してくださる松戸少年RSの方々に対する感謝です。
感謝の大きさが時々自分の自信を越えていく時があります。感謝はプレーや結果でしか返せない。だけど、私はそういうプレーができているのか、そういう結果が掴めるのか、時々不安になります。 でもそれは練習でしか、挑戦でしか、消すことの出来ない不安だということも学んできたし、なにより、自分にとても大きな力になると知っています。

アジア予選は、11月07日、08日の香港大会と28日、29日の東京大会の2回で行われます。 ここで勝てば、オリンピックが決まる。人生が決まる。 まずはメンバーに入るところから、謙虚に頑張りたいと思います。

応援宜しくお願いします。

平成27年04月17日(金)
いろいろなことが一瞬のうちに過ぎ去った数ヶ月でした。

早稲田大学を単位ぎりぎりで卒業し(発表の日は思わずメディ部屋に駆け込みました!!)、清々しい気分で香港セブンズに出場、ずっと夢だった香港スタジアムの舞台で試合をしました。
そして、4月1日に入社式、そのまま東京セブンズに出場。
今、やっと日常の中にいます。
何が日常なのかよくわからない生活の中で、そんな生活が送れていることへの感謝しか出てこない日々を過ごしています。
『人ってこんなに優しいんだー』と、痛いほど感じる毎日です。
ラグビーを頑張ってることを何かすごいことのように扱ってくれて、トレーニングしかない毎日を「大変だね」と言ってもらいます。
でも、社会人になって感じるのは、スポーツだけが特別じゃないってことです。
毎日会社に行き、毎日働いて、ものすごい愛情と誇りを会社に持っていて、大きな責任の中で行動し、それでも私に「すごい」って言ってくれる人たちを、私は本当に『すごい』と思っています。
いろいろな選択肢の中で、社会人になってよかったと思いました。(社会人っていえるほどのことをまだ経験していませんが。。。)
この近いようですっごく遠かった世界を知らずに生きていたら、『感謝とか苦労とかいう言葉を容易く使っていただろうなー』って思います。
自分でもびっくりしていますが、小学生で松戸少年RSに入って、今年の4月に社会人になりました(笑)。

今週末から太陽生命カップが始まります。
いつも離れ離れだけど気にかけてくださる人のもとでプレーが出来る喜びを持って、『勝たなきゃ伝えられないこと』を伝えるために、試合をしていきたいと思います。
もちろん、楽しむのが一番ですが!

平成26年12月31日(水)
2014年12月31日。2014年の最後のトレーニングも谷口令子とやりました!
いつもたくさん話を聞いてくれて、刺激がたくさんあって、どんなことも令子となら乗り越えられるし、どんなことも解決してくれる。本当に貴重すぎる大事な大事な存在です。
いつもありがとう。

2014年の最後に、本音で話す難しさと自分の意志の弱さを痛感する出来事がありました。人に遠慮したり、気を使ったり、そういうことが私の良いところっていってくれる人はたくさんいるけど、でもすっごく変わりたい。私にとってはすごい難しい。本音で向き合ってたつもりがそうではなくて、それを知って自分にショックだったし、遠慮していることが相手を傷つけることになるということを知りました。
「ちはるさん、のりことオリンピックに出たい」ってずっと思ってるけど、それを軸に物事を判断できなかった自分が2014年の最後にいて、結構ぐっさりきました。2015年は絶対ブレないで、ちゃんと本音で向き合っていけたらって思います。遠慮しないで、気も使わないで、ラグビーにちゃんと一途に向き合えたらなって思います。
何言ってんだ?って思われてしまうかもしれませんが、時間がない今、本当に気付けてよかったです。

応援してくださった皆様にも、代表のコーチたちやみんなにも、そして、フェニックスのコーチたちとチームメイトにも感謝しています。ありがとうございました。 2015年もSAKURASEVENS、Tokyo Phoenix Rugby Clubの応援を宜しくお願いします。

平成26年12月09日(火)
久しぶりの投稿になります。
昇格大会が終わり、アジア競技大会で中国に負けて銀メダルとなり、肩を怪我してリハビリをし…気持ち的にどうしたらいいのか、自分は何をしているのか、とぐるぐる考えを巡らせていました。そんな日々から今は抜け出し、大きな焦りの中にも「楽しさ」のある生活になりました。

代表のコーチたちともMTG(ミーティング)をし、フェニックスのコーチたちも話をしてくださったおかげです。何より、大会がひと段落し、代表がオフとなったその期間にフェニックスの練習に参加出来たことが、すごく自分のためになりました。練習でしか解決出来ないことってあるなー、そう感じた日々でした。

先日ドバイセブンズがあり、あの日負けたフランスの試合を合宿中にシニアアカデミーメンバーみんなで見ました。
自分たちの置かれてる現実をまた感じました。
2月までは個人を強化する時期です。
それは私にとって一番大切な時期。

「楽しい!」って気持ちを忘れずに、目標をちゃんと見つめて頑張りたいと思います。

平成26年09月16日(火)
昇格大会が行われた香港から先日帰国しました。結果は5位。昇格という本当に大きな目標を果たすことは出来ませんでした。
サクラセブンスを応援してくださった方々、日本にいた仲間には本当に申し訳なく思っています。応援ありがとうございました。
サクラセブンスのキャプテンである中村知春選手がFBに長文でコメントを載せました。そこには、今回のメンバーがタグ付された形で投稿されていました。知春さんの本当の思いはわかりませんが、あのメッセージが私たちメンバーに向けられたものであり、それと同時に、私たちが言葉に出来ないたくさんの感情を、応援してくださった皆様への謝罪の思いを、知春さんが苦悩の中、言葉にしてくれたように感じました。
「この負けをバネに」とか「たくさんのことを学んだ」とか、そういう言葉を口に出来ないぐらいの喪失感と、そんな言葉におさめたくない悔しさを、知春さんが文にしてくださったと思います。
ですが、それでも、私たちの本当の夢が達成されない限り、なにがあっても前を向かなくてはいけないのは事実です。もう、すぐそこにはアジア大会が待っています。
知春さんの言葉を一生忘れない、知春さんの背中を一生離れない。悔しさと常に向き合いながら、戦いたいと思います。
これからもサクラセブンスの応援を宜しくお願いします。

平成26年07月08日(木)
先日、オーストラリア遠征から帰国しました。
オーストラリアでは、オーストラリア代表とタッチゲームが出来たり、2nd代表と試合が出来たりと、たくさんの経験をさせていただきました。どうしたら世界を相手に勝てるのか。
私たちの道筋がより明確になったと思いました。

朝起きて(オウムがうるさい)、夜寝るまで(極寒!)、ずーっとラグビーのことだけを考え、ラグビーの仲間に囲まれ(ゆめも同部屋の一員でした)、ラグビーばっかりしていた日々は本当に幸せでした。今回は選手主導でのMTGが多く、毎日その日の議長を決めて、ラグビーを真剣に語ったり、ゲームで大笑いしたり、夜のグランドでお互いに感謝を伝えたりと、みんなとの触れ合いが多くありました。
(写真が協会のHPにアップされています。SAKURASEVENSでは、協会のレポートに'今日の一枚'を載せていただいています。これは選手が写真も文章も考えているので、私たちをより身近に感じてもらえるかもしれません。ぜひ見てください!宣伝。)

次は7月12日、13日に北海道で大会があります。フェニックスとして出場します。ぜひ応援宜しくお願いします!

平成26年06月12日(木)

太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ第一戦に出場しました。
この大会がフェニックスとしての初めての試合になりました。
色んな思いの中での試合でした。
正直、初戦に挑む時、正しかったと思いたい、その気持ちがとても強かったです。以前のチームである世田谷レディースのみんなが試合前に声をかけてくれている中、私を誘ってくださった他のチームが見ている中、「正しかった」って思ってほしい、思いたい、そんな自分中心の考えで気持ちがいっぱいでした。
なによりも、フェニックスの皆にそう思ってもらいたくて、「信頼してるから」と言ってもらえたDFはもう無我夢中でタックルしていました。試合を重ねるにつれ、純粋に自分のプレーに集中でき、段々とフェニックスの一員になれているように感じました。結果は、3位。他のチームがスター選手が欠ける中の試合だったけれど、大きな意味ある3位でした。

この大会は、女子ラグビーの歴史の中で本当に大きなことです。
私たちが中、高校生の時は人数が揃わず、大会中止の連絡が前日に流れることもありました。そこからみんなで悲しみのメール送信合戦が始まり、慰め合うことしか出来ませんでした。その時は今を想像すら出来ませんでしたが、女子のこんなにも大きな大会をやっていただけることに心から感謝しています。それは、私たちがラグビーを始める前からラグビーを苦しい環境でやり続けた先輩方のおかげです。

今週も北海道で同じ大会が行われます。第二戦です。最近の代表練習でたくさん練習しているアタックが、試合でも冷静に出せるように頑張りたいと思います。涼しい北海道でありますように!!

平成26年04月28日(月)

お久しぶりです。
恥骨を疲労骨折し、リハビリ生活を続けること数ヶ月。色々な環境の変化がありまし
た。すでにご存知の方も多いとは思いますが、チームを変えました。世田谷レディー
スからフェニックスに変わりました。どちらも昔からあるクラブチームですが、オリ
ンピックにむけて今まで以上に練習したい気持ちと仲間が何度も声をかけてくれ、決
断しました。当然、世田谷レディースも大好きで、とても悩みましたが、四宮さん、
内山さんの下で私は強くなりたいと思います。
偶然にも、フェニックスと松戸ラグビースクールが繋がっていたことや、三国歯科さ
んがフェニックスのスポンサーさんだったこともあり、なんだか運命だな~と勝手に
思っています。
チームによって自分が強くなるのではなく、すべては自分自身。けれど、フェニック
スにはたくさんの刺激があり、選手としてどうするべきなのか?どういう姿勢である
べきなのか?を常に考えさせてくれるような出会いがあり、それを私は自分の力に変
えていきたいと思います。世田谷レディースでも絶対強くなれます。でも、すべては
自分次第。フェニックスでも絶対強くなれます。でも、すべては自分次第。女子ラグ
ビーがオリンピック競技にならなかったら、きっと私もこんなに悩まなかったし、今
の環境を楽しく過ごしていたはずです。しかし、オリンピック競技にならなかった
ら、四宮さん、内山さんとも出会わなかっただろうし、そして、いまのチームメイト
とも出会わなかったのだろうなと思います。
今までのチームメイトに感謝しながら、今のチームメイトに感謝しながら、前だけを
見て頑張りたいと思います。


平成26年01月02日(水)

いよいよ2013年になりました。
今年は大きな大会が2つあります。15人制のワールドカップアジア予選、 7人制のワールドカップです。2つの大きな大会を控えた今年の私自身の目標は、「泣かない」です。
昨年を振り返ると泣いてばかり、涙、涙の年でした。2012年が始まり、ラスベガスでの大会に臨んでいた中、親友を私のパスミスで脳震盪にさせてしまってから、ずっと泣き続けていた気がします。
自分の恥骨の怪我で15人制日本代表としての試合を諦めると決めた時、ワールドカップのメンバーから親友が辞退せざる負えなくなった時、ワールドカップの決意表明の時、自分のラグビーが分からなくなった時、出来な いという恐怖にぶち当たった時、本当にずっと2012年は泣いていました。 だから、2013年は泣きません。精神的に強くなるという意味も込めての目標ですが、何よりも「泣く」場面、 「泣く」ような出来事がない年であってほしいです。泣くことはきっと癖になってしまうと思うのです。
そのためには、私はアスリートにならなくてはいけないと思います。自分の身体のケアをしっかりして、 トレーニングにも100%で臨む、そういうことが徹底してできるような選手でありたいです。そして、自分の 身体だけでなく仲間のコンディショニングにも目の向けられる選手でありたいです。
結果で泣かない、プレーで泣かない、怪我で泣かない、そして、仲間を失うことで泣かない。これが私の2013年の 目標です。今年も応援宜しくお願いします。


平成25年12月27日(金)

さてさて、もう2013年が終わろうとしています。あっという間だったような、とても長かったような、いろんなことのあった年でした。
毎年いろいろなことがありますが。笑

2013年は“アジアナンバー1”を達成した年になりましたが、オリンピックまでのあと3年の中で、もうこの2013年に戻ってはいけないと思うと、 これからの3年間は本当にあっという間に過ぎ去ってしまいそうでとても怖いです。時間がない、これが今の私の率直な実感です。2013年が 終わろうとしている今、今年を振り返るというよりはすぐそこにある来年を見つめてしまうのもそのせいかもしれません。

体重を増やすことがラグビー選手としての永遠の課題ですが、なかなか増えません。ご飯を見るたびに、ため息が出てしまうこともありました。
もう食べることが本当に嫌いになりました。でも、この先の見えない努力をやめてしまうことは、オリンピックを諦めるということにもつながると思います。
だから、私は食べ続けて、大きくならなくてはなりません。フォワードとして日本代表になりたい、でも、今の体格のままではいけない。
ずっと思い続けてきたこの思いも、いまでは焦りとして私に襲いかかっています。どんなに技術が上がっても、体重が増えなければ、先へは進めない。
そう言われたあの日から、本当はずっと焦っていたのかもしれません。2014年。やるしかない。増えないよ~と嘆いてる暇もなく、ただただやるしかないのです。

そんな2014年も私にとっては苦しいスタートになりそうです。2014年の5月まで、リハビリに専念しなくてはいけなくなりました。
恥骨の疲労骨折と診断されました。前にも書いたように、時間がない。なのに、私はリハビリをしている。なんだか馬鹿みたいだと思いましたが、これを
チャンスに変えようとも思いました。2013年、私も少しは成長していたようです。動いた分だけ痩せてしまう私が、体重を増やすことだけに専念出来る。

これは大きなチャンスです。チャンスに思えたら、お腹も空いてきて、ご飯を食べることが楽しくなってきました。
メンタルが強くなった2013年、次の2014年は身体を強くしていきたいです。
2013年、応援ありがとうございました。2014年も宜しくお願いします。


平成25年09月23日(月)

久しぶりの日記になると思います。
ユニバーシアード、15人制ワールドカップアジア予選、7人制アジアシリーズと大切な大会が休みなく訪れ、一つ一つの結果に一喜一憂している暇がないほど、ラグビーに没頭していました。

悔しい結果が続きながらも、すぐに気持ちを切り替えてまた次の大会の為に練習をしてきました。一つ一つの大会に本気で望み、心が切り裂けそうな悔しさを堪え、それをバネにまた走りだし...そんな日々をバタバタと過ごしていくのではなく、しっかりこの日記を書いて整理したいと思いました。
ユニバーシアードでは、皆大きな怪我を負い、5人で戦う試合もあったほどでした。仲間が次々と倒れていく中で、日本代表として最後まで棄権という選択肢を使わずに闘い続けることを選んだことは色々な意見があるとは思いますが、私は正しい選択だったと思います。

最も私の心が切り刻まれたのは、15人制のワールドカップアジア予選でした。カザフスタンとの試合の中で、負ける気がしなかったのに負けてしまったという事実を受け入れるのに、私は正直ずいぶん時間がかかってしまいました。フランカーとして先発で出させてもらえたことは、私の中では本当に嬉しいことでしたし、ずっと憧れ続けてきた舞台でした。自分のフランカーとして期待されている責任をしっかり果たしたいという思いを強く持って、試合に望みました。
試合後は、負けた悔しさ、監督の萩本さん、黒岩先生のもとでラグビーが出来なくなるかもしれないという不安と15人制はどうなってしまうんだろうという焦り、様々な気持ちが心の中に納まりきらないほど溢れていました。自分たちが作ってしまった敗戦という事実がどんなに大きなことで、どれだけの人のラグビー人生を変えてしまった
のかと思うと本当に切り裂けそうでした。

帰国した翌日から始まった7人制アジアシリーズに向けた直前合宿でも、寝れない日々が続き、気持ちを切り替えるのに時間がかかりました。この7人制アジアシリーズは絶対にカザフスタンを倒して、アジア№1になろうと望んだ大会でした。結果は、カザフスタンは倒したものの、決勝戦で中国に4点差で負けてしまいました。
たくさんの試合を経験して、スキルもフィジカルも世界に少しづつ近づいていると感じました。しかし、「判断」のところで、勝つか負けるかの境界線を越えられるかが決まると思いました。2点差も4点差も、「勝てたかもしれない」という思いをどうしても持ってしまう点差でしたが、その差の中にある大きなものは、「判断」の部分にあるような
気がします。試合をリビングで見ている時の「判断」はみんな正しくできるかもしれない。しかし、試合中に、時間と点差に追われながら同じような「判断」が出来るかと問われると私たちにはまだまだ足りない力だと思います。心と頭をコントロールする、言葉で書くよりもものすごく難しいことだけれど、本当に強い選手になるためには何よりも大切なことだと感じました。

結果を掴む。
そのために、全ての時間を使いたい。勝ちたい。勝ちたい。勝つ。


平成25年07月10日(水)

今日からまたロシアに旅立ちます。
ユニバーシアードという学生オリンピックのような大会に日本代表として参加出来ることになりました。
ワールドカップの敗戦のあとに、すぐにまた世界と戦えることは本当に嬉しいことです。
ワールドカップでは、世界との努力のスピードを変えなくてはいけないと感じました。自分たちの出来なかったことが出来るようになっていると感じる一方で、結果を掴めないのは、相手も努力しているからであって、日本がこのままのスピードで努力し続ける限り、結果を掴むのは大変なことだと感じました。
しかし、ユニバーシアードはもうすぐにやってきて、努力している時間がありません。自分たちの今の力をどのぐらい出せるかが大切だと思います。そんな自分の力を出せるチームにするのが今回の私の責任です。
私は今回バイスキャプテンに選んでいただきました。ワールドカップから帰国した空港でその話を聞き、思わず「どうしてですか?」と聞いてしまいました。コーチたちからの期待ではなく、課題を与えてもらったなと思いました。
私に足りないところをコーチたちは見守ってくれている。最高の課題が提出できるように、自分を変えていきたいです。


平成25年04月24日(水)

4月17日から立正大学で5日間の合宿がありました。
その最終日の試合の直前に、S&Cコーチから「いい加減ベテランらしくなりなさい。」と言われてしまいました。
自分の今の感覚と異なることを言われたので多少驚きましたが、そういえば私はずっとこの日本代表チームとして戦っていました。そういう意味では私は試合経験も多く、代表歴も長く、チームの中ではベテランであり、私の態度はベテランらしくなかったのです。
「ベテランらしく」とはどういうことなのかを考えました。私の尊敬するベテランさんたちは、落ち着いていて頼りになる前向きな人たち。私のイメージをそのまま当てはめれば、私は落ち着いて頼られるようにしろ!と言われたことになる。
選手としてもっと上手くなりなさい。という意味ではなく、落ち着いてプレーをしなさい、皆が落ち着けるような声をかけられるように。という意味だったのかなと感じます。
頼られるようにするのは難しいことですが、信頼を失わないようにすることはできると思います。取るべきとこで取る、止めるべきところで止める、走るべきところで走る、これが出来るのがベテランの選手なのかな。
もし、コーチの言葉がラグビー以外の場所をも指している言葉なら、日常からもベテランらしくを心掛けたいと思います。

ベテランなんだ、私。
実際の年齢とベテランという言葉のギャップのようなものに、騙されていたけど、私は頼る方ではなく頼られる方。思いっきりプレーをする方ではなく、思いっきりプレー出来るように支えてあげる方。
スポーツとメンタル、この関係に今、本当に悩まされてる。
今まで何を感じながらラグビーをやっていたんだろう。練習が辛いとか?足速くなりたいなーとか?私のメンタルはどうなっていたんだろう。
昔のメンタルに戻りたい。
でも、今のメンタルが成長途中のメンタルであると信じて前に行きたい。
まずは、落ち着く練習でもするかな。ただ、落ち着くのと冷めるのとでは違うし、間違った方向に行きませんように。
何を悩んでて、何にソワソワしてるのか、考えすぎて自分にもわからないけれど、「ベテランらしくなりなさい。」というコーチの言葉はきっと私の道筋になる気がする。
もしかしたら甘えてたのかも、色々なものに。仲間に、コーチに、年齢に。
成長しましょう、いい加減。


平成25年04月16日(火)
まず、お知らせというかご報告から。
多くのメールをいただきましたが、中国遠征の際にコンディショニング不良で帰国と書かれていたけれど何があったのかについて。
短く書くと脳震盪のようになり、広州大会では試合に出れないとなったため帰国することになりました。
チームにも本当に迷惑をかけ、とても反省しています。

この経験からも感じたように、私はまだまだ小さくて軽くて弱々しい選手です。FWで日本代表になりたいと思っていることがバカバカしいくらいです。

ワイルドな奴を見てくださった方はご存知だとは思いますが、それでも私はFWでいたいと思っています。セットプレーというプレーの最初を担う責任と大きな選手を倒す責任を今の私は全うしきれていませんが、その責任の先にある凛としたFWの姿が私は大好きです。
だから、私は今、食事の時間にウンザリしてしまうぐらいご飯を食べています。動けば痩せてしまう、人間としてはよく出来た身体と付き合いながら、FWらしいFWになりたいです。

体重増加の結果報告が出来るように、食べて鍛え続けます。
二度とチームに迷惑がかからないように。代表であり続けられるようにするために。

そして、ふと気づけば、就職活動がすぐ目の前に迫った学年になりました! ラグビーの成長速度もこの年の経過の速度と比例して欲しいものですが、あまりの早さに自分でもびっくりです。
将来を決める大事な今をご飯と共に明るく過ごしたいです。

平成25年03月01日(金)

2月28日までの1週間ほど沖縄で合宿を行いました。
感想を一言で表すと、アタックって楽しい!です。
今回の合宿では、試合形式の練習(ハードホールド)が多かったので、その分失敗や苦悩はたくさんありましたが、アタックにたくさんチャレンジできて、アタックって楽しいなと思いました。
アタックはディフェンスよりも難しいと私は思ってしまいます。
考えることが多い。
迷うことが多い。
今はオープンに攻めるべきなのか、ラインの深さはどうしたらよいのか、試合時間はあとどれくらい残っているのかなど考えることが多いので、スピーディーな試合展開の中で頭の回転が追いつかなくなる時があります。
これは個人に起こる現象だけではなく、チームに起こる時もあって、誰も何も言えなくなってドツボにどんどんハマっていき、ミスにつながることもありました。
この一番の解決策が「前を見る」という単純なことで、今まではその余裕が自分にありませんでした。出来ない不安から、味方の選手に頼ってしまうことが多かったです。でも、最近は前をみることで、そこに答えがあるかのように自分が何をすればよいのかがわかるようになってきました。そして、そのようにして選択したプレーがきれいに決まることが増え、アタックが楽しく感じられるようになりました。
何よりも、味方の選手と心が通じ合った瞬間がなによりも楽しいです。ラグビーの面白さはやはり仲間との中にあると感じます。


平成25年02月18日(月)

先日、アメリカから帰国しました。今回は、2大会連続の参加、IRBの大会という日本代表にとって新しい挑戦となりました。
2大会連続で大会に出場することは、コンディショニングを整える難しさがありました。セブンスは一日で何試合もしなくては なりません。そのため、回復させる力、疲れている中でも自分の力を出す能力が必要で、今回はこれらの力を長期に鍛える大会に なりました。また、IRBの大会ということで世界と自分たちの立ち位置を知ることが出来た大会でもありました。世界は近いようで 遠い、私はそう感じました。「あの雲に触りたい」と思って山に登ってみたけれど、実際に雲の高さに行ってみたら、 雲の本当の姿を知り、触れないとわかる、そんな感覚です。
しかし、雲が何でできているかを知った今、明確に自分たちの足りないところ、やらなくてはいけないところがわかりました。そして、そのやらなくてはいけないことのレベルは確実に上がっています。

私自身も今回の大会ではたくさんの挑戦をしました。
苦手だったアタックに自信をもつことができました。おそらく、今までの大会の中で私の一番のアタックだったと思います。
得意だったディフェンスでは、何本かは良いタックルもありましたが、自分の甘さを痛感 しました。挑戦したがゆえに見えてきた、自分の課題があります。
また、フォワードとしての課題も見つけられました。セットプレーの安定がどれほどチームの勝利に関わっているのかを知りました。
私は自分自身が選手として大きく成長できたと思っています。精神的に大きく成長しました。今回、ラインアウトリーダーをやらせていただきましたが、冷静になる、必要な情報を話す、ということの難しさを知りました。たくさんの試合に出させて頂き、そういった力を実戦で 鍛えることができました。コーチたちの成長してほしいという思いを感じながら、何に悩んでいるのかわからないぐらい悩みながら、 フォワードとして成長できたと感じています。

また、この遠征でもたくさんの出会いがありました。日本代表にならなければ、出会えなかった人がいます。
さらに、この遠征に参加できなければ感じられなかった、仲間、チームの成長を感じることができました。
遠征に参加出来て、このチームをどんどん好きになりました。
遠征に参加出来て、これが出来た!というものを手にすることができました。
遠征に参加出来て、世界に勝ちたいという思いが強くなりました。
スタッフの皆さんに、本当に感謝しています。

日本代表であり続けたい。
なぜなら、日本代表として体験できる出来事は最高のものばかりだからです。
今回の遠征で強くそう思いました。


平成25年01月02日(水)

いよいよ2013年になりました。今年は大きな大会が2つあります。
15人制のワールドカップアジア予選、7人制のワールドカップです。2つの大きな大会を控えた今年の私自身の目標は、「泣かない」です。
昨年を振り返ると泣いてばかり、涙、涙の年でした。2012年が始まり、ラスベガスでの大会に臨んでいた中、親友を私のパスミスで脳震盪にさせてしまってから、ずっと泣き続けていた気がします。
自分の恥骨の怪我で15人制日本代表としての試合を諦めると決めた時、ワールドカップのメンバーから親友が辞退せざる負えなくなった時、ワールドカップの決意表明の時、自分のラグビーが分からなくなった時、出来ないという恐怖にぶち当たった時、本当にずっと2012年は泣いていました。
だから、2013年は泣きません。精神的に強くなるという意味も込めての目標ですが、何よりも「泣く」場面、「泣く」ような出来事がない年であってほしいです。泣くことはきっと癖になってしまうと思うのです。
そのためには、私はアスリートにならなくてはいけないと思います。自分の身体のケアをしっかりして、トレーニングにも100%で臨む、そういうことが徹底してできるような選手でありたいです。そして、自分の身体だけでなく仲間のコンディショニングにも目の向けられる選手でありたいです。
結果で泣かない、プレーで泣かない、怪我で泣かない、そして、仲間を失うことで泣かない。これが私の2013年の目標です。

今年も応援宜しくお願いします。


平成24年10月11日(木)
先日インドから帰国しました。
ワールドカップアジア予選の3決でカザフスタンに勝利し、来年のワールドカップ出場権を獲得しました。

私がこのワールドカップアジア予選のメンバーに選んでもらった時、私は一歩も走れませんでした。歩きながらのタッチフットでさえ、恥骨に 痛みが出てしまい、そんな状況の私が選ばれるのか不安でした。こんな私を選んでくださったスタッフには心から感謝しています。

私はこのメンバーでの強化が始まってからはずっとリハビリをしていました。チームの練習にも参加せず、みんなが辰巳に行って試合をしている 時も私はJISSでリハビリをしていました。コタキナバル遠征も試合には参加せず、ビデオを撮り、みんなのサポートをしていました。チームとして 練習して試合に出て、チーム力を高めるためのこの長い期間での強化の意味を私は無駄にしてしまっているような気がしていました。しかし、S&C コーチの宮崎さんがみんなの練習が終わった後やマレーシアでプールフィットネスを手伝ってくれたり、早朝の5時から自転車を一緒に漕いでくれ ました。GMの岩渕さんがマレーシアで早朝からランニングやウエイトトレーニングを一緒にやってくれました。そのおかげで、私は練習に参加して もあまりフィットネスの衰えを感じずにプレーすることができました。

私はオーストラリア遠征からみんなと同じ練習に参加しました。しかし、タックルが決まらず、ボールがなかなか手につかず、本当に悩みました。 特にタックルは私の選んでもらった最大のアピールポイントで、そこを信頼されて選ばれていたのにも関わらず、そのタックルが決まらないというのは スタッフの信頼を裏切ってしまうような行為でした。焦っている私に宮崎さんは「ゆっくり取り戻していけばいい」と言ってくださり、タックル練習に 付き合ってくれ暖かく見守ってくれました。帰国して、勝浦へ合宿に行き、砂浜でタックル練習をたくさんやり、良いヒットができるようになり少しづ つ取り戻すことができました。そして、この勝浦合宿あたりから恥骨の痛みを感じなくなっていました。

アジア予選では、リザーブメンバーのような形でしたが、自分の仕事をしっかり果たせたと思っています。タイ戦では今までもやもやしていたタックル が決まり、そのタックルを受けた選手がノッコンをしてくれ、それを山口選手が拾ってトライをしてくれました。みんなが「ナイスだった!」と言ってく れ本当にうれしかったです。しかし、私たちの目標はアジア№1でした。フィジーに負けてしまったので、試合後、私たちはその試合会場で表彰式が終わっ たあとにフィットネスをしました。

メンバーが発表された時は恥骨の痛みが再発しないかという不安、本番に間に合わせられるのかという不安がありました。しかし、本当に多くのスタッフ のおかげで、最後のフィットネスまで一緒に走れるようになってすごくうれしかったです。自分の選手人生の中で貴重な経験となりました。  今回の大会前には色々なことがありました。恥骨の怪我との戦い、一緒に戦おうと誓った親友の離脱、チームの心の支えだった先輩の離脱、ミスばかりで 練習が中止。本当にたくさんのことを乗り越えて、私自身、チーム全体が成長しました。

ワールドカップのメンバーにも選ばれるように、もっともっと大きくなって、強くなって、みんなと一緒にまた戦いたいと思います。応援ありがとうござい ました。

平成24年09月07日(金)

先日コタキナバル遠征から帰宅しました。
やっと結果を得ることができて、やってきたことは間違えではなかったと思えました。 みんながそれを証明してくれました。

私はこのワールドカップアジア予選のメンバーが発表された時、まだ一歩も走ることができない状態でした。
グローインペイン症候群という怪我をし、リハビリに専念していました。メンバーが発表され、自分が選ばれていた 時は本当に驚き、嬉しく思いました。しかし、その後病院へ行った時、先生に今回はあきらめたらどうかと言われました。
自分を選手として安売りしないほうが良い、本戦に出ればいいのではと。私はせっかく選んでもらったのに諦めたくないという気持ちと 予選に出てアジアで一番になれるその場にいたいという思いがありました。でも、途中で怪我が悪化して、もう出来ませんとなって、 バックアップ選手の人に迷惑をかけるよりは、最初からきっぱり諦めてバックアップの人に全力で代わってもらったほうが良いのではと 考えました。そして、今回の代表を諦めることを決めました。

私はこのことを一番の親友に話しました。彼女も代表に選ばれ、2人で代表に決まった後も一緒にトレーニングを重ねていました。私は てっきり彼女に「その方がよい」と言われると思っていましたが、彼女は「最初から諦めるのはどうか。一緒にアジア№1になりたい。」と 言ってくれました。私はそれを聞いて、やってみようと決心しました。私は彼女と一番になりたかったのです。

でも、思わぬことが私たちには待ち受けていました。彼女が途中で代表を諦めなければならなくなったのです。私はこのことをコーチから聞いた時、 泣かないようにしようと必死に堪えましたが,涙が止まりませんでした。別れの時も何も言えませんでした。

私は、絶対アジア予選を突破して、彼女と本戦で一緒に戦おう!と決めました。彼女の努力を知っているからこそ、彼女の努力を披露する場を作って あげたいと思いました。そのために今は怪我と真剣に向き合って、予選に間に合わせることが今の自分のやるべきことだと思うのです。焦りと不安に 負けず、自分と戦うべきなのです。彼女は走れない私とプールフィットネスを一緒にやってくれたり、ウエイトをしてくれたり、本気で一緒に戦おうと してくれていました。だから、私は彼女がいなくてもその努力を続けて、成果を出さなくてはいけないのです。代表でやると決めた以上、何があっても、 たとえ怪我が悪化することがあったとしても、結果を出さなくてはと思います。自分のために。彼女のために。

今回このことを書いたのは、彼女も今回のジャパンのメンバーなんだということを知ってもらいたかったからです。メンバー全員の心の中に彼女がいるのです。


平成24年05月31日(木)

やっと代表初キャップをもらいました。

20歳になる前にもらうことが出来てうれしく思っています。
私はフランカーとして、先発出場しました。今回の試合は本当に初めてことがたくさんありました。
10数年ラグビーをやってきて、まだ初めてなことがたくさんあることに少し驚くと同時に、ラグビーは 同じような場面でも全く同じ場面はないんだな~と実感しました。
まず、試合前の直前合宿で、私はラインアウトのリフターをやりました。今まで常にジャンパーで、時折 前のリフターをやるという感じでしたが、今回は後ろのリフターもやりました。出来るのか、不安でいっぱい でしたが、練習外の時間も先輩方に付き合っていただいて練習した結果、試合で成功させることができました。
また、トライライン間近でハーフの選手がオープン側に回そうとしていた時、自分の前が空いているのを見て、 ブラインド側にいた私は「千里に回して!!」と必死に声を出しました。「左!」ではなく、思わず自分の名前を 出してしまった自分に驚きました。これも初めてのことでした。
もう一つ、初めてのプレーがありました。キックのチャージをしたことです。相手がピンチから脱出しようとキック したボールをチャージすることが出来ました。いつもは形だけのチャージになってしまっていましたが、初めて成功 させることが出来ました。フランカーのスタンドへのプレッシャーは1つの大事な役割と言われていたので、嬉し かったです。
私の初めて出来たことをつらつら書いていてもしかたないのですが、最後に1つ。(笑)
りなこさん(スタンド)との無言のループが決まったことが飛び上がるぐらい嬉しかったです。ラックからブレイクして、 りなこさんのインサイドフォローをしていたら、りなこさんのボールが私の前でポンッと浮きました。その時は、時が 止まったかのような、逆に時の流れにすーっとハマったような感覚になりました。そのボールは最後は知春さんのトライ になりました。りなこさんのボールはすごくすごくすごく取りやすいです。柔らかくて、空間の中にずっとボールが浮い ている感じです。私もりなこさんみたいなパスができるようになりたいです。

応援ありがとうございました。


平成24年05月02日(水)

4月27日から29日まで15人制日本代表セレクション合宿が行われました。久しぶりの15人制でしたが、とても収穫の多い、頭を使った合宿でした。
1対1のタックル練では、前に倒しているのは千里だけだと誉めていただきました。松戸RSで基礎を教えていただいた、男子の中でやってきた、そのおかげだといつも思います。
合宿中にゲームをしましたが、BKの指示に従って動くことが多く、もう少しFWも意思を持ってプレーしたいと思いました。BKからの指示がないと急に何をすべきか…となってしまうこともあったので。
しかし、やはり15人制は楽しかったです。"ラグビー"でした。そして、FWは楽しかったです。ラグビーは深い深いスポーツですね。

萩さんに言われたことがあります。
70の力しかない人が、「緊張する」「失敗が怖い」「やる気がでない」などと60の力しか出さなかったら、90の力を持っている3人は、60の人に、10ずつ力を貸さなきゃいけない。90の力があるのに、80で闘い、疲れてきて70、65、50…とどんどん力を失ってしまう。それでは勝てない。70の人は、70でいいからその70すべてを出さなければいけない。下手でもいいから、下手なりにその力を出しきる。そうすれば、90の人は、70の人に6の力だけを貸すことになる。
ラグビーはチームスポーツだから支え合うのは当たり前。でも、それは互いが全力だから成り立つこと。

この言葉はわたしに向けられているように感じました。
私はもちろん90の力などありません。しかし、70を全力で出そう!!と思いました。

もし、選ばれたら、5月19日に秩父宮で香港代表との試合があります。11時半、キックオフ予定です。


平成24年04月03日(火)

東京セブンスに参加しました。
私は、レッズチームのキャプテンをやらせてもらいました。メンバーが発表され、自分の名前の横に(C)と書いてあり驚きました。キャプテンの綴りを何度も書いて、やっぱりキャプテンってCからだよな…と。

そんな私のチームは、一勝一敗でした。試合時間が10時間というとてつもなく長い時間の中で、メンタルをいかにコントロールするかが難しかったです。

今回のゲームは、4月1日からセブンススコッドメンバーのセレクションマッチでもありました。私の評価されているところでは、運動量とフォローとタックルだったので、そこをアピールしました。
「個の強い選手」をセレクトすると、発表されていたので、アタックもハンドオフを使ったりしました。 本当に頼りないキャプテンだったけれど、チームのみんなが私を支えてくれたのでやりとげられました。セレクションマッチでキャプテンにしてもらったことは、何かのメッセージがあるような気がします。
いつもは、先輩たちについていっているだけだったけれど、キャプテンは自分から指示しなくてはいけません。

そういうところが足りなかったから、キャプテンにしてもらって指示をするということを教えてくれたのかもしれません。 いずれにせよ、この経験を大切にしたいと思います。

P.S.
太陽生命さんのCM (東京セブンス用)に女子ラグビーが出てます。私は一番最初に出てくるのでぜひ見てください。

ちなみに、そのCMは「こちら」です。一番最初で髪を結んでいる姿と、ラインアウトで彩香選手を後ろからリフトするのも千里さん。(HP千里日記担当:青木)


平成24年03月08日(木)

嬉しい報告があります!

今回、「IRB Women's Sevens Challenge Cup Hong Kong 2012」の日本代表として選んでいただきました。

インドでのアジア大会から、順調に選ばれ続けていることに、小さな恐怖を感じています。その一方で、18歳から代表候補になったものの「代表」になれない日々が続いたあのときを思うと、本当に嬉しく思います。
インドでのアジア大会が偶然の「代表」ではないということを自分に証明したいと望んだUSA 大会のセレクションのとき、やったー!という気持ちと同時にほっとしました。しかし、今は、結果を出さなくてはという気持ちに緊張している自分がいます。

日本はPool Bで、Chaina とEngland と同じPool でした。インドでのアジア大会から自分たちが成長したと、今度は自分にではなく、応援してくださっている方々に証明したいと思います。そのためには、まずはChaina に勝たなくてはいけません。

「結果」が欲しい。

「結果」を残したい。

残された時間を大切に頑張りたいと思います。

★東京セブンズで、女子の試合があります!ぜひ、応援宜しくお願いします!!


平成24年03月07日(水) 

千葉県二宮で15人制日本代表候補合宿がありました。
最近は7人制が自分の中でメインになっていましたが、この合宿を終えて、やはり15人制は楽しい!と感じました。
練習内容はフィットネスと試合が中心でした。試合は、フランカーとしてプレーしました。7人制で培ってきたことが15人制の試合でも発揮でき、自信になりました。ただ、人数がとても多く感じ、ごたごたしていてやりにくく思いました。
また、FW とBK の連携が7人制以上に難しかったです。

この先、7人制と15人制が全く別のものとして別れてしまったら…とみんなで考えることがあります。どっちかを選べって言われたらどっちをとる?みんなも私も考えてしまいます。
しかし、いつかこのような決断をしなくてはならないときが来るような気がします。 何度もこの話題についてみんなと語り合ってきましたが、結局は、本当に迫られたときにしか下せない、大きな決断なのだと思います。

いずれにしても、一生懸命ラグビーと向き合うことが、自分の決断を満足させるのでしょう。


平成24年02月15日(水)

先日、ラスベガスから帰国しました。結果は、ご存じの通り全敗でした。私たちは代表選手なので、結果が全てです。特に、TV放送などがない試合では尚更です。いくらどの国よりも練習で走ってきたと言っても、いくら以前よりも成長したと言っても、それを証明するには結果を出すしかありません。私たちは、今回結果を出せませんでした。だから、まだまだ全然実力がないことをきちんと認めます。

しかし、私たちは、私は、今回の試合でやってきたことに自信を持てました。ずっとやってきたフィットネスもDF システムも、以前の私たちより格段に成長していると思えました。試合中、勝てる!!と思ったことも何度もありました。
私は試合中に絶対トライをさせたくない!と必死に走って追い付き、タックルを決めました。この自分の姿をもう一人の自分が見ていて、成長したなぁと感じていました。日本代表として、負けられない!!チームの目標を絶対達成したい!そんな思いをプレーに表せるようになって、また、みんなのために必死になれている自分に驚きました。

次は香港セブンスがあります。
また選ばれるように頑張ります!!

応援ありがとうございました!


平成24年02月02日(木)

ラスベガス大会のメンバーに選んでもらいました!!!!!!!!!

嬉しかったです。
アジアではなく、国際大会なので、前回より一層緊張します。

私が選ばれた。この事実は私にとっては本当にうれしいことです。でも、何よりも嬉しいのは、ずっと一緒に頑張ってきた友人が選ばれたことです。

この日記にも何度か登場しましたが、彼女と日本代表として戦うことを、私はずっと待っていました。 ずっと一緒に多くのことを乗り越えてきた仲間です。本当にラグビーを続けていてよかった。今はそう思います。
彼女には、私にはない才能がたくさんあります。いつも、羨ましく思います。でも、一方で彼女の努力も知っていて、苦手なことも知っています。
だからこそ、私は彼女が活躍してる姿を見たいのです!一番近くで。

ラスベガス大会では、ベスト4が目標です。この目標をきちんと達成できるように、自信と責任を持って、戦ってきたいと思います。

わかれます(*^^*)ゝ
→自衛隊の挨拶です★


平成24年02月01日(水)

1月23日から一週間、合宿がありました。

後半は、習志野自衛隊に体験入隊しました。最初は想像が想像を生み、緊張していました。携帯は没収だろうな…ほふく前進やらされるんだろうな…。実際、「よろしく!」という大きな声の挨拶にいきなりたじろいてしまいました。私たちは3つの班に別れて行動しました。私は第二分隊でした。第二分隊は芳川三曹と鈴木支長がついてくださったのですが、本当に優しく面白い隊でした。

朝5時半に突然起こされ、丸太と20キロの水、途中では、芳川三曹が負傷し100キロ近いタンカーを6時間かけて運びました。

11メートルの高さから降下訓練もしました。最初は怖かったけれど、降下してしまうともう一度やりたくなってしまいました。

基本教練では、3分隊対抗で美しさなとを競いました。第二分隊は優勝し、景品をいただきました!芳川三曹と鈴木支長からもネックウォーマーをいただきました!私の宝物です。

一言で言えば、すごい楽しかったです。 めったに出来ない経験をさせていただき、チームとしても人としても数倍も成長したと思います!!

自衛隊モードがなかなか抜けません…。歩くときも、頭の中で1、2、1、2といってしまいます…(笑)

敬礼!!


平成24年01月02日(月)

OGというだけで、こんなにも長い時間千里日記を書けていることを本当に嬉しく思います。 2012年も宜しくお願いします。

私は2011年12月30日から2012年1月1日まで花園にいました。お正月を花園で迎えられたことは、弟に心から感謝しています。
わたしはこの花園で新たな出会いをしました。デフラグビーとの出会いです。デフラグビーについては知識だけしか持っていませんでした。言葉しか知らなかったという表現の方が正しいかもしれません。花園に行く前に、Twitterでボランティアの呼び掛けがありました。花園でのデフラグビーの宣伝です。少し緊張しましたが、連絡を取り、当日デフラグビーのブースに向かいました。
ボランティアの内容は、デフラグビーの宣伝紙を配ることでした。私個人の実感ですが、多くの人が手に取ってくれたように思います。
この日、初めてデフラグビーの選手と話しました。ずーっと笑っているのが印象的でした。とても楽しかったです。耳が聞こえないとレフリーの声はどうするのか、スクラムの合図はどうするのか、普段はどこで練習しているのかという私の質問に丁寧に答えてくれました。DVD も見せていただき、すごいなぁと素直に感じました。 1人の選手とは、一緒に練習したことがあるという事実が発覚し世の中の狭さを知りました。

2012年もたくさんの新たな出会いがあればと思います。

≪PAGE TOP≫